心配しなくてもだいじょうぶ 死ぬまで生きる!ringonomiganarukiの日記

前向きな日もそうじゃない日も、何か一つ喜びを☆

ある日突然癌患者の家族になる

20年近く前の話。

母が乳がんだと判明。本人はあっけらかんと「切ったら治るから。心配しなくていい。」と言った。

私は勝手に、その後の抗がん剤の副作用などを考えて、どんなに辛いだろう…と一人泣いた。

しかし!

母の言うとおり、乳房全切除だったけれどその後の抗がん剤の服用もなくホルモン剤のみで、副作用などなかった。私のあの時の涙は、心配は…と思わなくもないけれど、母の「闘う」でも「悲観する」でもなく、一つの現象として「受け入れる」強さを感じた。

当時、一番もろかったのは父だ。動揺し過ぎでしょ!と思うくらいにバタバタとして、色んなことを心配し、あげくの果てには飲み過ぎの日々…という情けない感じになってしまった。

 

そして、二年前再び私は癌患者の家族となった。

 

母が腎臓がんと告げられた。

それもここ2、3年でできたものではないという。5、6年をかけて大きくなってしまっていた。

この5、6年…といえば、私がうつ病になってもがきながら休職や復職を繰り返していた頃。

母にどれだけの心配をかけてしまったのだろう…。本当に申し訳ない。癌はわたしのせいだ…とも思えた。

最近のお医者さんは家族だけ呼んで「告知しますか?」とかないのだろうか?

「隠しても仕方ないし、一緒に治療していかないといけないから、はっきり言いますよ!」と前置きして告げられた。

母と二人で「そうですか…。わかりました」と言うしかない。

 

母は、相変わらず受け入れた。ある日突然抗がん剤治療が始まり、副作用で食べられなくなったり、下痢が続いたり…。私はどう支えたらいいのか途方に暮れた。

とりあえず、なんとかしなくては…と本を買ってみたりもした。

とにかく、色んな本を読んだ。

副作用で食べられないので、スープやジュースを作ってみたり、「食べない方がいい食材」として書かれていた、四本足の動物のお肉を避けてみたりもした。ニンジンジュースも飲ませてみたりした。

 

これが、効いたかどうかは、さておき「やれるだけのことをしよう」と決心した。

私はこっそり泣いたりもしたけど、それでも、母は明るかったし、落ち込んだりもせず飄々としていた。

おかげで、私が救われていた。

 

今は、片方の腎臓を摘出し、抗がん剤などは飲んでいない。

なので、元気だ。肺の転移はあるものの。

先のことを心配しても仕方ない。

父の死で学んだことは、こういう時も活かされる。

明日のことは、母だけでなく今はなんともない私でも、わからない。

不確かな未来より、今ここにいる人、繋がってくれている人、大事にしていこう。

「今」を大事に、積み重ねていこう。

 

母のことを相談し、仕事を辞めてしばらく落ち着くまで母の側にいようと思う…と相談した時に、「お金はまた働いて取り戻せるけど、時間は取り戻せないからね」と背中を押してくれた人がいた。

仕事を辞めたこと、後悔はしてないけれど、再就職…難航中^_^;

こういう時じゃないと、ブログなんて始める余裕は私にはなかっただろう。

ということで、それもまた良しとしよう。